Story01 マズい北京ダックの素敵な記憶
僕たち夫婦は、かなりいろいろなお店で北京ダックを食べている。
中国では、便宜坊、全聚徳、鴨王といった専門店で、
日本では赤坂離宮、東武ホテルレバントなどで、食べた。
しかし、その中でも最も印象に残っているのが、京華飯店と呼ばれる安宿のバーで食べたやつだ。
それはこれまで食べた中でも最もマズイものだったが、一番素敵な思い出でもある。
僕たちは、2001年の9.11のテロの1か月後、世界一周の旅に出た。
最初の国、中国へは神戸からフェリーで天津に渡った。
その時のフェリーで出会ったのが宮本さんだ。
宮本さんは、旅慣れない、しかも中国語を全く話すことができない僕らを、天津の港から北京の宿まで、乗り合いバスや白タクと流調な中国語で交渉し、連れて行ってくれた。
それから先1000日以上続く僕たちの旅の日々の中で、旅先で助けてくれた最初の恩人である。
北京で1週間ほど過ごした後、北京を発つ前の晩、
宮本さんは、これから長い旅路へと向かう僕たちのために、北京ダックをごちそうしてくれた。
「なかなかイケますね、ここの北京ダック」
宮本さんは、そういってバクバク食べていたが、
それは、いかにも、その辺のお土産屋で売られている土産用をレンジでチンした、といったもので、妙に脂っこく、皮もパリパリどころかヌルヌルと気色悪い食感の、あまり美味しくない北京ダックだった。
しかし、その気色悪い食感も脂っぽさも肉の味も、その記憶は今ではまったくない。
あるのは、なつかしい思い出と、ちょっとぶっきらぼうな優しい宮本さんの記憶だけだ。
北京ダックを食べるたびに思い出す宮本さん。
また会えたらいいな、と思う。
しかし、宮本さんのアドレスも安宿のバーも今は、もう、ない。





